IFKS第22回定期演奏会報告(知られざる珠玉のピアノソナタ・第1夜)

2012年10月30日(火)19:00〜
会場:杉並公会堂小ホール

 

IFKS第22回定期演奏会が行われました。
クーラウ・ピアノソナタ曲集出版に合わせての記念行事でした。
クーラウのソナタにはソナチネを含めると全部で38曲あります。その内の初版以降絶版となっている19曲を4巻に分けて出版され、当日のプログラム曲目は「ソナタ曲集」のそれぞれの巻より選ばれました。

個性的な4人のピアニストの演奏は聴衆を魅了し、2時間近い長い演奏会があっという間に終わりました。こんな素晴らしい曲がクーラウにあったのかという驚きの声も聞こえました。


出版楽譜の展示


出演、演奏曲、掲載巻

家城順子 Op.46-2 第4巻
今井顕 Op.4 第1巻
伊吹このみ Op.127 第2巻
鷲宮美幸 Op.30 第3巻

曲目
1. ピアノソナタ 作品127 変ホ長調 演奏:伊吹このみ
第1楽章 3/4 アレグロ
第2楽章 3/8 アダージオ・コン・モルト・エスプレッシオーネ
第3楽章 2/2 ロンド アレグロ・コン・スピリト

2. ピアノソナタ 作品4 変ホ長調 演奏:今井 顕
第1楽章 4/4 ラールゴ・アッサイ---アレグロ・コン・ブリオ
第2楽章 4/4 主題と変奏 モデラート
第3楽章 6/8 アダージオ
第4楽章 6/8 ヴィヴァーチシモ

休憩

3. ピアノソナタ 作品46-2 ニ短調 演奏:家城順子
4/4 アダジオ・パテティコ ---- 2/2 アレグロ・アジタート ---- 6/8 ラルゲット --- 2/2 プレスティッシモ

4.  ピアノソナタ 作品30 変ロ長調 演奏:鷲宮美幸
第1楽章 4/4 アレグロ・コン・グスト
第2楽章 6/8 ラルゲット・モルト・エスプレッシオーネ
第3楽章 3/4 メヌエット アレグロ・アッサイ
第4楽章 2/4 ロンド アレグロ


 

当日のプログラムノートより
短い曲目解説(石原利矩)

 クーラウのピアノソナタ(ソナチネも含む)を概観してみると若い時期に大規模なものが多く、後期は小規模の作品が多くなると言う傾向が見られます。その転換期は作品20(例のソナチネ)あたり(1820年前後)です。これはこの時期から出版社の要求に応じて書かれたものが増えていくからです。
 クーラウの作品は聴いただけで作曲年代を推量することが難しいものとなっています。それは自らの意志で作曲したものとそうでないもの(出版社の要求に応じて作曲したもの)が混じり合っているからです。例えば前半にお聴きいただく2曲は例のソナチネアルバム第1曲目にある有名なハ長調(ドーミーソーソソソソードーミードドーシOp.20-1---1819年作曲)より以前に書かれたものなのです。さらにやっかいなのは出版社の要求と言えども、その中で自ら書きたいように書いたかどうかを特定することが難しいこともその理由です。あるいは本人の書きたいスタイルが変わって行ったのかも知れないということも考えられます。私にはクーラウは仮面を付けた作曲家のように見えるときがあります。その仮面の下には本当のクーラウがいるはずです。それが何であるかを追求することが、これからのクーラウ研究の課題ではないかと考えています。
 本日のプログラムの4曲は作曲順に並んでいないことを前提にお聴きください。

 第1曲 作品127 
 クーラウのOpus番号は1〜127,128〜232はDF [ Dan Fog ] 番号が付いています。作品番号としてはクーラウの最後の作品のように見えますが、そもそもこの曲は作品16として作曲されたものです(1818年頃)。出版をするべく出版社と交渉をしたのですが引き受けてくれるところが見つからず、生前その出版を見ずに終わったもので、手稿が残っている唯一のソナタです。遺品の中にあったものを死の翌年(1833年)、デンマークの出版社のローセが作品番号を付けて出版したものです。ですからこの曲は出版社の要求に合わせて作曲したものでなく自らの意志で書いたものと考えられます。第1楽章の冒頭のメロディは「ウエストミンスター寺院のチャイム」を思い起こさせます。ちなみにチャイムのメロディは1927年に作曲されたものですからクーラウが真似したわけではありません。第2楽章はクーラウの作品で最も美しく最も深みのあるものの一つです。べートーヴェンのAs-Durソナタの変奏曲を思い起こさせます。第3楽章は当時、エレガント・ヴィルトゥオーゾ様式と言われたロンドです。

 第2曲 作品4 
 それ以前の作品1〜3はピアノのためのロンドで小曲です。作品4はクーラウにとっては最初の大曲のピアノソナタです。作曲年は1810年頃(出版1810年)、デンマークに行く前のハンブルク時代の最後の作品です。彼はこの曲をブライトコップフ&ヘルテル社に出版依頼したのですが、「クーラウは有名でない」ことを理由に送り返されてしまいました。そこで作曲の師・シュヴェンケの推薦状を付けて再度の依頼をしたことにより日の目を見ることになりました。これは後のブライトコップフ&ヘルテル社との関係が生まれるきっかけを作ったものとして重要な意味を持ちました。この曲も自らの意志で作曲したことは以上の出版社のやりとりで解ります。
 力強く始まる長い導入を伴う第1楽章、まるでオーケストラ作品のような多彩な音色を要求している曲です。第2楽章の変奏の主題はめずらしく本人のもの(クーラウは変奏曲では自分の主題を用いることはあまり多くはありません)。第3楽章コラール風な3部形式。中間部にはショパンを予見するような音型が見られます。4楽章はクーラウらしさ(らしさが判るまでには彼の他の曲を沢山聴かなければなりませんが)を発揮した快活な楽章で、アッチェレランドしてフォルティッシモで終わるように思わせて、意表をついてピアニッシモで終わります。

 第3曲 作品46-2 
 この曲は普通のソナタ作品のように各楽章がそれぞれ分離しているのではなく、全体を通して休みなく演奏されるクーラウにとってはめずらしい形です。しかし、はっきりと4つの部分に分けられます。第1部はソナタの導入部のような部分、第2部はベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第3楽章を連想させるロンド風な部分、第3部は歌謡的部分(第2部のメロディの変奏)、第4部は速いパッセージのコーダ的な部分で構成されています。いわゆる「ファンタジー・ソナタ」と言えるものです。(作曲:1822年頃1823年出版)

 第4曲 作品30 
 このソナタはクーラウのピアノソナタ中、最も長いものです。同時代の作曲家には変ロ長調のソナタが1番長いという例が多く見られます。クレメンティ(作品46)、クラマー(作品42)、ベートーヴェン(作品106「ハンマー・クラヴィーア」)、シューベルト(D.V.960)などです。クーラウも真似したのか偶然なのか変ロ長調です。「心を開いた楽天的な」とも言えるこのソナタは待望のウイーン旅行(1821年3月出発)を間近に控え、希望に満ちた時期に作曲されたものです。この作品に関して、ブライトコップフ社のヘルテル宛の手紙(1820年12月1日)にこのソナタの出版を依頼している文章があります。「この作品は、極めて華やかで長大ですが演奏しやすいもので、特に左手は弾きやすくなっていて、あなたにとって正に受け入れやすいものと信じます。」と言ってアピールしていますが、本当に易しいかどうかは皆様がお聴きになって判断してください。ヘルテルがそれを信じたかどうか判りませんが1821年に出版されました。
第1楽章はオプティミスト・クーラウの心情かも知れません。第2楽章はゆっくりした楽章で変ホ短調と変ホ長調の2つの部分で出来ています。最初はいわゆる北欧のロマンス風な6/8のメロディを用いた個所ですが後半は全く違うものです。このように一曲の中で独立した2つの部分が合わさった曲は当時の他の作曲家でも滅多に見られず、クーラウにとっても独創的なものです。3楽章はトリオ付きスケルツォ的性格のメヌエットです。第4楽章は705小節もあるとても長い曲で、この楽章だけで前の3つの楽章を合わせたページ数に匹敵します。ウイーンのプラーター(遊園地)で遊んでいるような気分の楽しい曲で、ずっと遊んでいたいから長くなってしまったのかな?などと勝手に想像しています。


第23回IFKS定期演奏会予告
会場:杉並公会堂小ホール
2012年11月26日(月)19:00〜

出演、演奏曲、掲載巻

塩入加奈子 Op.46-3 第4巻
柴田菊子 Op.26-2 第3巻
加藤協子 Op.6-2 第1巻
今井顕 Op.5a 第2巻